女子力が高い!?伊達政宗のカッコイイところ9選

 

伊達政宗ってカッコイイですよね!

最近は戦国武将を扱ったゲームなどのブームで大人気の伊達政宗。

そのカッコイイところを9つに絞って、紹介したいと思います。

 

コミュ力が高い!

 

政宗は大そうな社交家だったとして知られています。

大名をはじめ、さまざまな人たちを巧みにおもてなしして、社交家としての評判も高かったとか。

宴会や趣味の能見物などでもてなしたり、お茶や手作りの料理を振る舞ったり、歌を読む会なども行いながら、さまざまな人の心を掴んでいたようです。

幕府などには仙台の特産品をたくさん贈っていて、贈答品についても余念がない。

相当コミュニケーション能力が高かったようですね。

伊達政宗は男らしい一匹狼というイメージがありますが、実はさまざまな人と広い交流があった社交の人だったんですね。

人脈が広い人って、なんだかカッコよくないですか?

「え!?この人とも知り合いなの!?」と、他人のコミュ力の高さに驚くことは現代でもあります。

政宗は、強さと親しみやすさ、両方を兼ね備えていた武将だったわけです。

 

独眼竜!

 

伊達政宗といえば「独眼竜」ですよね。

右目に眼帯のようなものをつけた姿は有名です。

ただ、これは後世に付け加えられた勝手な演出だという説があるんですよね。

なんでも、政宗が生きていた時代に、あの眼帯のようなものをつけていたという記録はないんだとか。

肖像画などでは、眼帯はつけずに右目が小さく描かれているものなどが多いようです。

昭和になってから、映画などの演出であの眼帯がつけられることになったのだろう、ということらしいです。

政宗は子供の頃に天然痘で右目を失明したことをかなり気にしていたらしく、その話題になると顔を真っ赤にして恥ずかしがったとか……。

でも、僕はあの独眼竜はめちゃくちゃカッコイイと思うんですよね。

政宗は誰にも依存せずに生き抜いた一匹狼、などと考えられていますが、そのイメージと「独眼竜」がマッチしてすごくカッコイイ。

実際は眼帯をしていなかったとしても、最近描かれる政宗の見た目のイメージは、カッコイイかそうでないかで言えば、最高にカッコイイと思います。

 

とってもオシャレ!

 

政宗はとてもオシャレだったと知られています。

「伊達男」などという言葉が今でもありますが、あれは伊達政宗が語源になっています。

政宗は豊臣秀吉に忠誠を誓っていることをアピールするために、あえて鎧などの武具を派手にデザインして戦をしたんですね。

それが京都で話題沸騰。こうして「伊達」という言葉には「派手で見た目や言動がしゃれている」という意味が生まれたわけです。

ではそのファッションは単なるアピールだったかといえば、そうではないようです。

政宗は流行に敏感で、常に最新のファッションに身を包んでいたとか。

もともとファッションが好きだったからこそ、上記の秀吉に関してののアピールを思いついたのかもしれません。

服だけじゃなく、小物類にもこだわりがありました。しゃれた鉛筆をはじめとした文房具、凝ったブローチ、大切にしていた日時計などを、袋に入れて持ち歩いていたようです。

あれだけ男らしいのに、ファッションにも詳しいっていうのはすごいですね。

ちなみに、亡くなるときは、死に顔を見られたくないからと、奥さんや子供にも会わなかったとか。

政宗の美学を感じます。美学を持った男はやっぱりカッコイイ!

 

ユーモアのセンスがある!

 

政宗は決して真面目一辺倒な武将ではなく、しゃれたジョークも飛ばしていたようです。

当時、戦中に暇だった時に「香合わせ」という遊びが流行りました。

香合わせとは、香木を焼いて、その香りだけでどの香木を焼いているのかを当てるというゲームです。

これだけだと子供の遊びみたいなもんですが、賞品を賭けると俄然大人の血が騒ぎます。

旗本たちは夢中になって香合わせに打ち興じました。今でいう麻雀みたいなものですかね(笑)

そこに政宗が登場。彼もやると言います。

で、政宗が何を賭けたかというと、もっていたヒョウタンでした。

そんなショボイものを賭けたものですから、その場の人々も微妙な空気に……。

で、実際香合わせが行われ、しばらくして終了。しょぼいヒョウタンをガッカリしながら持って行こうとする人がいました。

すると、政宗は言いました。「ヒョウタンではない。あの馬を持っていけ」

相手が驚いていると、続けてこう言ったのです。

「瓢箪から駒ってな(笑)」

どうでしょう。政宗のセンス。

現代からすると、クスリとはきますが、それよりも興味深いというか、「上手い!」といった感じではないでしょうか。でも当時の人々にはかなりインパクトがあったんじゃないかと思います。多分「瓢箪から駒」という言葉は今よりポピュラーだったでしょうから。

実際、このエピソードは長く語り継がれたようです。

あれだけの大物が、センスのあるジョークも飛ばすって、粋ですよね。いや、「伊達」というべきでしょうか。

 

国際的だった!

 

仙台藩は当時のスペインと交流がありました。

政宗が支倉常長をはじめとした大使をスペインに送ったことも有名です。

この支倉常長、なんとあのローマ法王にも会ったというんだから驚きです。

なんでも、この時代にローマ法王に日本人が会ったという記録は、他にほとんどないんだとか。

仙台沖の海流や風が交易向けだと知り、壮大な夢を持って港などの開発を始めた政宗。

それは昨今のグローバル化社会にも通じるものがあるかもしれませんね。

 

芸術に精通!

 

政宗は教養が深く、芸術への理解が優れていたといわれています。

能や和歌に精通していて、特に能に関してはかなり入れ込んでいたようです。

建築に関しては、ウィキペディアにはこう書いています。

文化的には上方の文化を積極的に導入し、技師・大工らの招聘を行い、桃山文化に特徴的な荘厳華麗さに北国の特性が加わった様式を生み出し、国宝の大崎八幡宮、瑞巌寺、また鹽竈神社、陸奥国分寺薬師堂などの建造物を残した。

政宗は相当に洗練された文化人としての顔もあったようですね。

ちなみにかなり筆まめだったようで、頻繁に手紙を贈っていたらしいです。自筆へのこだわりがあったらしいのですが、他の戦国武将とはそこらへんが違うのかもしれません。

手紙には、古典文学からの引用も多く、その教養の深さがうかがえます。

アーティスティックな面も、政宗にはあったんですね。

 

敏腕政治家!

 

政治家としての腕も見事です。

政情がだいたい安定してから、政宗は領地の開発を始めます。

石巻港を開いたり、穀倉地帯を開拓したり、運河を作ったり、仙台の初売りを始めて経済を活性化させたりしました。

ちなみに仙台の初売りはこの頃から長く続く伝統があるので、国から特別扱いされていたりします。

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戦に遅れて秀吉が激怒したとき、詫びの気持ちを表すために死装束である白装束を着て登場し、結果として秀吉の怒りが収まり、丁重にもてなされるようになった、というエピソードは有名です。

外交手腕も優れていたわけです。

おちゃめな一面もある一方、やっぱり政治家としても偉大だったわけです。

 

意外と女子力が高い!

 

政宗は料理が趣味だったと言われます。

かなり研究していたようで、あの「ずんだ」も政宗が発明したものらしいのです。

今仙台駅で「ずんだシェイク」が売っていますが、政宗が知ったらめちゃめちゃ喜ぶかもしれません。自分が発明した食べ物が400年以上食べられていて、しかもその時代風にアレンジされているなんて、料理好き冥利に尽きるというものでしょう。

彼の「馳走とは旬の品をさり気なく出し、主人自ら調理して、もてなすことである」という言葉は有名で、現在でもいろんなところで引用されています。

ファッションが好きで、おもてなしと気遣いが得意で、趣味が料理。

意外に女子力が高い一面があったんですね。昨今の伊達政宗の女性人気もなんとなく理解できるような気がします(笑)

 

酒豪だった!

 

政宗はかなりの酒豪だったようです。

城の近くに醸造所を造らせるほどのお酒好きで、かなり詳しかったとか。

でもお酒に強かったわけではないようで、酒癖の悪さは有名でした。

酔って約束をすっぽかしたり、家臣に暴力を振るったり(シラフになってから謝った)、二日酔いでふせったり、結構なもんだったらしいです。

でもそれって、ロックンローラーみたいでカッコよくないですか?(笑)

料理が趣味で、しかも酒豪って、かなり魅力的なキャラクターだと思います。

 

まとめ

 

いかがだったでしょうか。

知れば知るほど好きになるのが伊達政宗です。

ゲームで人気が出たのもうなずけるというもの。

伊達政宗に興味がわいたら、ぜひ仙台に来てくださいね!

 

参考文献

 

この記事はウィキペディアと以下の書籍を参考にしました。

 
伊達政宗 謎解き散歩 (新人物文庫)

著者の佐藤 憲一さんの伊達政宗愛が伝わってきておもしろかったです。

 

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